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前橋地方裁判所 昭和54年(ワ)278号 判決 1982年8月09日

原告 伊藤景パック産業株式会社

右代表者代表取締役 伊藤賀夫

〈ほか三名〉

右原告四名訴訟代理人弁護士 北原弘也

被告 大栄信用金庫

右代表者代表理事 阿久沢俊夫

右訴訟代理人弁護士 横川幸夫

主文

一  訴外株式会社両毛が被告に対し、昭和五四年八月二九日なした別紙債権目録一記載の債権の譲渡行為を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

主文第一項と同旨

2  (予備的請求)

原告ら、被告間において、訴外株式会社両毛が別紙債権目録一記載の債権を有することを確認する。

3  主文第二項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  訴外株式会社両毛(以下「両毛」という。)は、アイスクリームの製造を主たる業とする会社であるが、昭和五四年八月三一日及び九月一日の二回にわたり、手形不渡を発生させ、倒産した。

2  原告らは、いずれも両毛に対し、同年八月二九日現在において、それぞれ別紙債権目録二記載のとおりの売掛金債権及び手形債権(合計金一七三六万七二九〇円)を有し、現在もこれを有している。

3  両毛は、同年八月二九日被告に対し、両毛が訴外株式会社ロッテ(以下「ロッテ」という。)に対し有していた別紙債権目録一記載の債権(以下「本件債権」という。)を譲渡したが(右譲渡の通知は、同年九月一日第三債務者のロッテに発送された。)、これは被告の両毛に対する貸金債権四〇〇〇万円のうち二五〇〇万円に対する代物弁済としてなされたものである。

4  両毛は、同年八月二九日当時、原告ら一般債権者に対し二億円を超える債務を負担しており、これに対する資産としては、工場等の建物が存したが、これは被告その他の金融機関等の担保に入れられており、配当財源となりうる実質財産としては受取手形、在庫商品だけであり、これらは合せて五〇〇〇万円にも充たないものであって債務超過の状態にあった。

5  両毛及び被告は、本件債権譲渡当時両毛が債務超過の状態にあり、かつ本件債権譲渡が他の債権者を害することを知りながら、通謀してこれをなしたものである。

6  仮に右が認められないとしても、本件債権譲渡は以下の理由により無効である。

(一) 本件債権譲渡は、両毛が被告から訴外猪爪信行を通じて金三五〇〇万円の融資を受けることを停止条件としてなされたものであるところ、被告から猪爪に対する融資はなされたものの猪爪から両毛に対す融資は実行されなかった。従って条件は成就していない。

(二) 本件債権譲渡は、両毛と被告前橋支店長大矢清司との間で、外形上代物弁済の趣旨でなされているのであるが、右当事者間においては、真実代物弁済として債権譲渡する意思はなく、両毛が被告から新たな融資を得る手段として被告本店の禀議を得るための応急措置としてなされたにすぎないものである。従って本件債権譲渡は通謀虚偽表示として無効である。

7  よって、原告らは被告に対し、主位的に詐害行為取消権に基づき、両毛、被告間の本件債権譲渡行為の取消を、予備的に債権者代位権に基づき、両毛が本件債権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、両毛がアイスクリームの製造業者であること、両毛が昭和五四年八月三一日及び九月一日の不渡発生により取引停止処分を受けたことは認め、その余の事実は不知。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は不知。

5  同5、6の各事実は争う。

本件債権譲渡は金融取引の一環として正式になされたもので、一般債権者を害する目的をもって両毛と通じてなしたものではなく、被告に詐害の意思はなかった。被告は当時両毛の支手決済が完全に行われるものと信じており、後日の不渡発生の事実は全く予期していなかった。

すなわち、両毛の代表取締役である訴外狩野守男は、その義弟である訴外猪爪信行とともに昭和五四年八月二七日被告方を訪れ、両毛への融資方を申入れたが、三者協議の上、被告が以前から取引のあった猪爪に融資し、猪爪から両毛に融資するとの了解のもと、従来の両毛の被告に対する債務の代物弁済として本件債権譲渡が行われ、一方被告は猪爪に対し、昭和五四年八月二八日金三五〇〇万円を貸与しているものである。

また、被告は、両毛所有建物に対し根抵当権を有しているが、右代物弁済により、その被担保債権がそれだけ減少するから、必ずしも一般債権者を害する結果とはならない。

第三証拠《省略》

理由

一  両毛がアイスクリームの製造を業とする会社であり、昭和五四年八月三一日及び九月一日の二回にわたり手形不渡を発生させ、取引停止処分を受けたこと、両毛が同年八月二九日被告に対し本件債権を譲渡し、その債権譲渡通知が同年九月一日なされたこと、右債権譲渡は被告の両毛に対する貸金債権四〇〇〇万円のうち二五〇〇万円に対する代物弁済としてなされたものであることはいずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すれば、請求原因2の事実を認めることができる。

三  また、《証拠省略》によれば、両毛の昭和五四年八月二九日頃の総債務は約四億円であり、これに対する資産は帳簿上約三億四四〇〇万円あったけれども、不動産、機械設備等はいずれも担保に供されていて、一般債権者に対する配当源資となるべき資産はほとんど存せず、両毛は債務超過の状態にあったことが明らかである。右認定を覆えすに足りる証拠はない。

四1  《証拠省略》を総合すれば、

(一)  両毛は昭和五四年八月下旬頃、買掛金支払のため振出した手形決済のため、同月末日に約一四〇〇万円、同年九月一日に約四〇〇〇万円、合計約五四〇〇万円の資金調達の必要があったが、自己調達の目途がつかなかったため被告にその融資方を依頼したところ、被告は、当時両毛に対し四〇〇〇万円の手形貸付金債権及び約一一六一万円の割引手形債権を有し、その一部については担保を確保していたが、両毛には他に担保余力もなく、右手形貸付債権も支払期日を一回延期するなど両毛の返済能力に不安があったため、当初右融資話に難色を示したが、両毛の懇請に遇い、結局はこれに応ずることになった。

(二)  しかし双方協議の結果、両毛に直接融資することは避け、かねて被告と取引があり、かつ両毛の代表取締役狩野守男の義弟である訴外猪爪信行にいったん融資し、次いで猪爪から両毛に融資するという変則的な融資方法をとることとし、同時に被告は両毛に対し未だ弁済期未到来の前記手形貸付金債権の清算を求めた。そこで両毛も被告の右要求に応じて両毛が訴外雪印乳業株式会社に対して有していた売掛金債権一四六三万二七〇〇円を同年八月二六日頃に、ロッテに対して有していた本件債権を同月二九日に、それぞれ譲渡した。

(三)  これに対し、被告は、八月二八日被告金庫の猪爪名義の普通預金口座に融資額三五〇〇万円を入金したが、猪爪から両毛に対する融資がなされず、右金員は猪爪の口座に留保されたまま同年九月一日猪爪から被告に振替支払の方法で返還されてしまった。このため両毛は八月三一日及び九月一日の支払手形を決済することができず、二回にわたる不渡りを出して倒産した。

以上の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

2  右認定によれば、両毛は既に債務超過の状態にあったところ、本件債権譲渡により、更にその一般財産が減少したことになるが、同時に本件債権譲渡は、被告から両毛(直接には猪爪)に対し三五〇〇万円の新たな融資がなされることが前提となっていたものであり、現に被告から猪爪に対する融資は一応なされたとみられるから、その限りにおいて詐害性は薄弱であるという見方ができよう。

3  しかしながら、本件においては次のような不審、不明瞭な事情、すなわち、(一)《証拠省略》によれば、本件債権譲渡による代物弁済によって消滅する被告の両毛に対する前記手形貸付金債権は、未だ弁済期が到来していなかったことが認められるのであって、たとい新たなる融資のためとはいえ、このような弁済期未到来の債務の代物弁済をなすべき必要性があったかについて必ずしも充分首肯しうる説明がないこと、(二)被告から猪爪に対する三五〇〇万円の融資に関し、その条件(期限、利率、担保の有無等)を明らかにする証拠書類等の提出がないこと、(三)被告から猪爪に融資された右三五〇〇万円が何故両毛の手に渡らず、猪爪のもとに留まったままわずか四日で被告に返済されるに至ったのか、その間の事情が一切不明であること(この点に関し、《証拠省略》中には、猪爪が融資された三五〇〇万円入金の預金通帳を両毛の中野総務部長に渡したが、その後それだけではなお決済資金に不足することが判明したため中野から猪爪に返還された旨をいう部分があるが、猪爪から中野に預金通帳が渡されたという点が措信しえないこと前記認定のとおりであるから、これを前提とする右供述も採用し難く、他にその間の事情を明らかにする証拠はない。)、以上のような疑点が存するところ、被告においては本件債権譲渡の前後の経緯を被告金庫の立場で明らかにすべき書証、証人等の取調申請が全くない点、疑問を生ぜざるをえないところであり、さらにこれらと両毛が不渡を出した時期、債権譲渡通知を発した時期との関係並びに《証拠省略》によって認められる狩野と猪爪及び被告理事の訴外小林との関係(狩野と猪爪は義兄弟(妻同志が姉妹)の関係にある上狩野は猪爪が代表取締役をしている訴外両毛商事有限会社の取締役を兼ねていて職務上も密接な関係にあること、猪爪と小林はかねてライオンズクラブのメンバーとして親しかったこと)等を総合勘案すると、本件債権譲渡は、これと被告から猪爪に対する融資さらに猪爪から被告に対する弁済までを一体として評価して客観的に詐害行為になると解するのが相当であり、主観的にも本件債権譲渡の時点で、狩野、猪爪、被告間に何らかの通謀がなされ、被告において窮迫した状況にあった両毛から他の債権者らに先んじて自己の弁済を得る目的で本件債権の譲渡を受けたもので、その後の被告から猪爪への融資は形式を取り繕ったものにすぎなかったのではないかとの疑いを払拭することはできない。

そうだとすると、本件債権譲渡は詐害行為に該当するというべきである。

なお《証拠省略》によれば、被告は両毛所有建物に担保権を有しているが、右建物の価値が明らかでないうえ、被告の両毛に対する総債権額は右担保権の被担保債権額を超過するから、本件債権譲渡が一般債権者を害しないとは断じ難いものである。

五  以上によれば、原告の本訴主位的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 前島勝三)

〈以下省略〉

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